宮﨑駿監督はこの数十年、自力で日本のアニメ業界に最も輝く一ページを残してくれた。私はまだ日本で仕事をしていた頃、休日にわざわざ東京都三鷹市にある「ジブリ美術館」に向かい、アニメの落書きや原稿を拝見したことがある。その落書きや原稿から、宮﨑駿監督とスタジオジブリがアニメ作品を通じて世界に愛を伝えていきたいという気持ちを汲み取れる。
宮﨑駿監督とスタジオジブリの最新作『君たちはどう生きるか』、映画のタイトルは吉野源三郎さんの児童小説『君たちはどう生きるか』からとられたものだが、映画の内容は宮﨑駿監督によるオリジンナルストーリーとなっている。この本を、宮﨑駿監督が少年時代に読んで心を打たれたという。
『君たちはどう生きるか』この本の主人公は中学二年生の男の子で、コペル君というあだ名が付いている。コペル君のお父さんは、コペル君が13歳頃になくなった。生前は大きな銀行の重役だった。同級の生徒は、たいてい、有名な実業家や役人、大学教授、医者、弁護士などの子供たちで、その中にただ浦川君という子の家は豆腐屋さんをやっている。華々しい家柄に恵まれた子供たちの中に混じると、浦川君はよそ者のように見える。クラスでいつも仲間はずれにされたり、悪意のいたずらをされたりしている。でも、何かの出来事で、コペル君とコペル君の親友である水谷君、北見君と仲良くなった。
コペルくんは自分が生活で経験したことを叔父さんと話している。吉野源三郎さんは、コペル君が自分の生活で洞察したことと叔父さんがコペル君に宛ててノートに綴った言葉を通して、人間であるからには何が一番大切なのかということを、読者に教えてくれた。
本の中には、本を閉じた後も、私の心に響く言葉がたくさんある。
「貧しい境遇に育ち、小学校を終えただけで、あとはただからだを働かせて生きてきたという人たちには、大人になっても、君だけの知識をもっていない人が多い(略)こういう点からだけ見てゆけば、君は、自分の方があの人々より上等な人間だと考えるのも無理はない。しかし、見方を変えて見ると、あの人々こそ、この世の中全体を、がっしりとその肩にかついでいる人たちなんだ。君なんかとは比べものにならない立派な人たちなんだ」、「英雄とか偉人とかいわれている人々の中で、本当に尊敬ができるのは、人類の進歩に役立った人だけだ」、「自分のした過ちについて、もう考えるだけのことは考え、後悔するだけのことは後悔し、苦しむだけのことは苦しみつくしました。もう真っ直ぐに顔をあげ、自分のこれからを正しく生きてゆこうと考えなければいけません」、「その苦痛のおかげで、人間が本来どういうものであるべきかということを、しっかりと心に捕らえることができる」、「そのつもりにさえなれば、これ以上のものを生み出せる人間にだって、なれると思います」。
『君たちはどう生きるか』このアニメーション映画は、真人という男の子を描くものだ。太平洋戦争中、母親の長年療養を担った病院が空襲で焼け落ち、母親を亡くした真人は、父親が翌年すぐ母親の実妹の夏子と結婚し、それに、夏子がもう妊娠している。真人は父親と一緒に、母親と夏子の実家に避難し、真人の父親が軍需工場を営んでいる。
突然の母親の死や父親の再婚などの状況を受け入れられなかった真人は、石で自分の頭を殴るような激しい挙動までに出た。 自分を見失った際に、母親の実家にいろんな奇想天外な出来事が起こっている。真人は偶然に、母親が自分に残してくれた吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』が見つかった。この本を読んでいるうちに、真人はボロボロ涙をこぼしながら、やっと立ち直ることができた。その後、夏子が行方不明になり、真人は夏子を連れ帰るために、ファンタジーの冒険に乗り出した。
太平洋戦争の空襲で故郷を焼け野原にされた宮﨑駿監督は、数々の作品を通して自分の信念を見せてくれた。当時の人たちにとって戦争時代に生きるというのは自分が選択したのではなく、選択できないのだ。それは、今の私たちにとっても同じなのだ。にしても、人たちは毎日精いっぱい充実した日々を送ろうとしている。
宮﨑駿監督の父親、宮﨑勝次さんの親族は戦時中、「宮﨑航空興学」という軍需工場を経営していた。宮﨑駿監督の母親、宮﨑美子さんは宮﨑駿監督が6歳の時に突然脊椎カリエスを患い、長い間寝たきりの生活を余儀なくされたのだ。その後、病気から回復したが、宮﨑駿監督が『風の谷のナウシカ』を製作中に逝去した。宮﨑駿監督は、母親の喪失についてあるインタビューで、「おふくろが死ぬときに、僕は“死”ということについてまったく触れることができなかったんです。親父のときもそうでしたけれど、やっぱりそのときに“死”について真正面から向き合って話ができなかったってことが、一種の悔やみとして残っているんです」、と語っていた。
上記の通り、『君たちはどう生きるか』このアニメーション映画の主人公である真人は、実は宮﨑駿監督自分自身が重ねられていることがわかる。吉野源三郎さんが『君たちはどう生きるか』この本に綴った深く考えさせられる言葉は、少年時代の宮﨑駿さんを慰めてくれたに違いない。
宮﨑駿監督は『君たちはどう生きるか』この作品の主人公について、「ずっと自分が避けてきたこと、自分のことをやるしかない」、「陽気で明るくて前向きな少年像(の作品)は何本か作りましたけど、本当は違うんじゃないか。自分自身が実にうじうじとしていた人間だったから、少年っていうのは、もっと生臭い、いろんなものが渦巻いているのではないかという思いがずっとあった」、「僕らは葛藤の中で生きていくんだってこと、それをおおっぴらにしちゃおう。走るのも遅いし、人に言えない恥ずかしいことも内面にいっぱい抱えている、そういう主人公を作ってみようと思ったんです。身体を発揮して力いっぱい乗り越えていったとき、ようやくそういう問題を受け入れる自分ができあがるんじゃないか」、と語っていた。
『君たちはどう生きるか』は、宮﨑駿監督が自らの心の奥底を、観客に打ち明けた作品とも言えるだろう。とても深いし、リアルだ。
宮﨑駿監督には、この世に寄り添ってきた数多くの名作があり、観客は何歳になっても、作品から自分ならではの慰めや安らぎをぽかぽかと得ることができる。 同時に、『君たちはどう生きるか』のように、どのアニメーション映画も、観終わった後に「私はどう生きるか」と、常に自分に問いかけようと思わせてくれる。